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白神山地を巡る旅 [2008/8/29〜30]



白神山地を散策できるツアーがあったので、参加することにしました。
空路、秋田に飛び、秋田からバスで白神山地を目指し、白神山地を散策後、津軽の南田温泉で一泊。
翌日、弘前公園を散策後、十二湖に向かい、散策後に五能線で大間越駅から岩舘駅まで移動。
その後、バスで秋田空港に向かい、空路、帰路に付くというものでした。

8時前に羽田を出発し、9時前に秋田空港の到着しました。
そこからバスでアクアグリーンビレッジANMONを目指して出発です。着いたのは12時過ぎでした。
そこからガイドさんの案内で、まずは暗門の滝を目指し、渓流沿いに上って行きます。
第一〜第三の滝までありますが、今回は一番手前の第三の滝まで行って戻りました。
駐車場に戻ったのが15時半、その後、バスでマザーツリーを目指して津軽峠に向かいます。
津軽峠に着いたのが16時過ぎで、そこから10分程の所にマザーツリーはありました。
バスに戻って、宿泊先の南田温泉ホテルアップルランドに着いたのは18時半でした。

翌日、最初に向かったのは弘前公園です。公園内の弘前城やお堀をを1時間ほど散策しました。
その後、日本海側に回って十二湖(青池)に向かいます。着いたのは13時少し前でした。
遊歩道を青池から沸壺の池、落口の池と1時間弱の散策です。青池は、透明度の高い青色でした。
バスに戻って、次は五能線の大間越駅に向かいます。一駅ですが、五能線に乗車です。
岩舘駅で下車し、バスで秋田空港に向かい、空路で帰路に付きました。



白神山地を巡る旅
インデックス


白神山地 暗門の滝

白神山地は、法隆寺地域の仏教建造物や姫路城、屋久島とともに、
1993年(平成5年)12月11日に、日本で初めてのユネスコ世界遺産に登録されました。
白神山地(しらかみさんち)とは、青森県の南西部から秋田県北西部にかけて広がる地域で、
標高1,000m級の山地を中心とした総面積は13万haに達する地域を指します。
その地域の中でも、林道などの整備がまったく行われていなかった、中心地域が登録されています。
登録地域約169.7平方kmの内、126.3平方kmが青森県で、43.4kmが秋田県に含まれます。
この地域には、人の影響をほとんど受けていない原生的なブナ天然林が世界最大級の規模で広がっています。

暗門の滝は、この白神山地の中にある滝群で、第一から第三の滝の3つの滝からなっています。
遊歩道は険しい渓谷の中を進みますが、第三の滝まではそれほど難しい所はなく、比較的無難です。
ということで、今回は第三の滝まで行って、アクアグリーンビレッジANMONに引き返しました。
第三の滝から先のルートは、川を渡ったりと段々と難易度が上がっていくようです。
話は変わりますが、沢沿いを歩いているとき、あまり見かけない野草がいろいろと咲いていました。

 
<羽田空港>                           <秋田空港>

8時前に羽田空港をテイクオフ。秋田空港には9時前にランディング。
どちらも雲がありましたが、上々の天気で、下が良く見えていました。

 
<説明するガイドさん>                      <熊の爪痕>   .

竜門の滝の入口で、ガイドさんから竜門の滝についてや注意事項の説明がありました。
途中で見かけた熊の爪痕です。木の幹にある縦に並行した黒い縦線が、熊が幹を引っ掻いた後です。
その際、クマと出会わない方法(太目の枝で樹をバンバン叩くのが良いそう)の解説もありました。

 

ブナ林の中には、左の写真のようにポッカリと上空が開いている所があります。
その近くには、たいがい切株というか、倒木の根が見られます。
占有していた大木が無くなった後にできた空間なんですね。
陽が当るようになると、切株の近くなどにあったひこばえが、一斉に成長を始めるそうです。
そして、最も成長の早かった木が、1本だけ開いた空間を埋めるように成長していくそうです。



そうこうしている内に、暗門の滝の1つ、第三の滝に到着しました。
落差26mほどの滝ですが、水量が多く、迫力がありました。
この先に第二の滝、第一の滝が続いていますが、遊歩道が険しくなるのでここで引き返します。

 

行きは付いて行くことに精いっぱいだったので、見るだけで写真はほとんど撮りませんでした。
帰りは少し余裕ができたので、いろいろ写真を撮りながら降りて行きました。
その最初の方で撮った写真ですが、暗門川に流れ込む沢が所々で見られました。
右の写真の沢は、数mの落差があるので、小さな滝のようですね。

 

さらに下って行くと、川幅が広くなってきます。
雨が降った後のためか、どちらも上流の方に少し靄がかかったようになっていました。

 
 <ユキザサ>                         <ジャコウソウ>

 
   <ダイモンジソウ>                      <ツリフネソウとキツリフネ>

沢沿いに歩いているときに見かけた山野草です。ユキザサは花が終わって、赤い実がついていました。

※ これらの山野草の詳細に関しては、こちらに紹介させていただきました。

遊歩道を山野草など観察しながら下り、バスに戻ってきました。
次は、樹齢400年と言われているマザーツリーに会いに、津軽峠を目指します。

白神山地 マザーツリー

ブナの木は、シイタケ栽培の原木としての利用以外に使い道がなく、そのことが天然林が残った理由のようです。
ブナは、たくさんの果実を付けるため。果樹同様に寿命が短く、200年程度と言われています。
しかし、マザーツリーと呼ばれている樹齢400年に達する老木が見つかっています。
マザーツリーは、津軽峠から歩いて10分ほど、アクセスが容易な所で見ることができます。
訪れたときは、雨後でうっすらと煙っていましたが、その中でも存在感を放っていました。

残念ながら、2018年9月6日、台風21号で上部が折れ、30mあった樹高が9mになってしまったそうです。

 

バスが津軽峠に着き、降りると雨上がりのためか木々がうっすらと煙っています。
マザーツリーまでは、細い遊歩道を少し下って行きますが、写真の通り、幻想的な景色です。
いかにもうっそうとした森に入ってきたという雰囲気が漂ってきます。



少し歩くと、マザーツリーに到着しました。
他のブナの木とは大きさがまったく違い、幹回りも4.65mと威容を誇っていました。
写真を撮ろうとしても、巨大すぎて、全体は入り切りません。離れると他の木が邪魔をして見えません。
というわけで、上記のような上部の一部だけが写った写真しか撮れませんでした。

台風21号の影響で、写真のY字型に分枝している上の部分が折れてしまったそうです。
そのため、現在は左の横に出ている枝や中央の上に伸びている枝から上は見ることができません。
Y字型の左側の枝は、折れた所で幹回り3m、長さ16m、右側の枝は幹回り2.5m、長さ20mあったとか。
折れた所は平滑にして保護剤を塗り、折れた枝は残されているそうです。

 

マザーツリーに圧倒された後、津軽峠で待つバスに戻り、白神山地を後にして、今日の宿に向かいました。
元来た道を戻り、弘前市の外れの方まで、1時間半ほどの道のりです。

弘前公園

弘前公園は、総面積約49万2000平方m(約14万9000坪)にも及ぶ公園です。
藩政時代に弘前藩10万石を治めた津軽家の居城である弘前城が基になっています。
1588年(天正16年)に主家である南部氏からの独立し、築城開始は1603年(慶長8年)とされています。
この地の旧名は高岡(鷹丘)でしたので、1611年(慶長16年)に完成した時は高岡城と呼ばれていました。
完成当初、高岡城には五層の天守閣があったそうですが、1627年(寛永4年)に火事で焼失しています。
その翌年に、現在の「弘前」に改められたそうです。魔除けの意味も込められていたとか。
その後は、長らくの間、天守閣のない城となっていました。
現在見られる三層の天守閣は、1810年(文化7年)に築かれたもので、本丸辰巳櫓があった場所とされています。
初層は5間×6間ですが、二層、三層と1間ずつ小さくなる層等式の建築となっています。
二の丸から見たときには、屋根には切妻破風が、白壁には狭間(さま)が開けられ、立派な構えとなっています。
しかし、本丸側になる北面と西面には、切妻破風も狭間もなく、採光のため大きな窓が開けられています。
なお、江戸時代に建築された現存する天守としては、東北唯一のもので、規模は小さくとも代表的なものです。


翌日、最初に向かうのは弘前公園です。宿からは近く、バスで30分ほどの距離です。

 

館神跡(たてがみあと)近くの内濠です。
モミジが水面に映り、秋の紅葉の頃はきれいだろうと思います。内濠の手前は桜並木ですね。



弘前公園の玉鹿石(ぎょっかせき)辺りまでくると、天守閣の上部が桜並木越しによく見えてきます。
春の桜の季節には、満開の桜越しに見えるのでしょう。良い絵になりそうな気がします。



定番の赤い下乗橋(げじょうばし)と天守閣です。赤い橋が良く映えますね。
天守閣も、切妻破風と狭間が良く見えて、堂々とした構えを見せています。
石垣の下に見える内濠は、びっしりとハスの葉が埋め尽くしていますね。

 

下乗橋から見える東面と南面には、屋根の切妻破風と、白壁の狭間が見えています。
橋を渡って、西面が見える所で撮ったのが右の写真ですが、切妻破風はなく、大きな窓が見えますね。

 

左の写真は、蓮池濠を本丸の上から撮ったもので、ハスの葉で埋め尽くされ、花も所々に見えています。
右の写真は、南内門(みなみうちもん)で、二の丸にある2つの門の内の1つです。
桜の季節には、この門から本丸に進んでいくと、満開の桜の中に天守と真っ赤な下乗橋が見るそうです。
今回は下乗橋から本丸に入りましたので、真逆のルートということですね。

 

本丸から蓮池濠の方に降りてきました。蓮池濠はその名に恥じず、ハスの葉で埋め尽くされています。
その葉に隠れるように、たくさんのハスの花が咲いていました。
ハスの花は、早朝に咲いて、お昼過ぎには閉じてしまいます。ですので、朝の今しかこの景色は見られません。

と、弘前公園の散策を終え、バスに戻ります。この後は、白神山地にある十二湖(青池)に向かいます。

十二湖

十二湖は、江戸時代の1704年(宝永元年)4月に、この地を襲った大地震で出来たと言われています。
地震によって、沢がせき止められ、地盤が陥没して33の湖沼群が形成されました。
大崩の頂上から見たときに、小さな池が森に隠されて、大きな12個の池だけが見えたのが名前の由来です。
十二湖は、標高150m〜250mの起伏の多い、約4平方kmにわたって台地に点在しています。
その中でも、代表格が「青池」で、青インクを流したような透明な青い色を見せてくれます。
その青い色も、太陽の位置と見る角度によって千変万化します。

弘前公園から十二湖までは100km弱。途中、深浦の道の駅に立ち寄りました。

 
     <弘前市郊外の田んぼ>               <道の駅ふかうら かそせいか焼き村>

弘前公園を後にして、しばらく進むと郊外に出ました。そこには青々とした稲の田んぼが広がっていました。
日本海側に出て、しばらく進んだ所に道の駅ふかうら かそせいか焼き村がありました。
島のように見えますが、道の駅から海食台が続いているようで、干潮時には現れてつながるようです。
さて、ここで休息です。一夜干しのイカを焼いたものを食べましたが、その歯ごたえや味は絶品でした。

 
<鳥居崎灯台>                           <大岩>   .

左の写真は、道の駅ふかうらの隣にある風合瀬(かそせ)の漁港の先にある、鳥居崎灯台です。
この灯台のある岩も、海食台でつながっているようです。
右の写真は、道の駅から十数km進んだ所にある大岩で、この大岩までは遊歩道が整備されています。
その遊歩道から大岩の上の展望台まで行くことができ、そこからは岩木山や白神山地が望めるとのこと。
写真の大岩で、岩の上部に棒のような物が何本も立っているように見えますが、展望台の柵です。

その大岩を通過すると、十二湖まではもう少しといったところです。
十二湖の駐車場に着いたのは12時過ぎ。ここで昼食です。



昼食後には、お目当ての青池まで遊歩道を散策です。
距離は500mほどで、鶏頭場の池(けとばのいけ)沿いに歩きます。
目的の青池に到着。面積は975平方m、最大深度9mの池ですが、青く澄んだ水をたたえています。
写真では、周りの景色が写り込んでいて良く分かりませんが、湖底が見えています。

 

左の写真では、湖底に横たわる木が、水面に浮いた枯葉がの下に見えています。
青い水を通して木の枝が数本、上の木の枝と並行して見えていますね。
水の色は、左の写真の方が濃く見えています。水深が少し深いようです。



青池を後にして、階段を上って行くとブナの原生林がありました。
ここのブナは、比較的若い木が多いように思います。

 

さらに遊歩道を数百m進むと、緑がかった池に出ました。沸壺の池(わきつぼのいけ)です。
面積は575平方m、最大深度3.1mの池で、青池よりも小さいです。
左の写真では、水面から小枝が突き出して、その枝に蜘蛛が巣を張っていて、白い花が咲いているようでした。
右の写真では、底に水草のようなものが付着しているのか、底がもやもやとした緑色に見えていました。
なお、この池の湧水は、「青森県の名水」に選ばれているそうです。

 

左の写真は、落口の池(おちくちのいけ)に向かう途中にあった沢です。けっこう流れが早かったです。
右の写真が落口の池で、鶏頭場の池の半分程度の広さで8番目の大きさです。
水の色は緑がかり、透明度はあまりありませんでした。


青池の青い理由

     .
  <十二湖 青池>                   <五色沼湖沼群 弁天沼>

どちらも青い池として有名ですが、その青さにはかなりの違いがあります。
十二湖の青池は、非常に透明度が高く、9mある底が見えるほどの透明度です。
五色沼湖沼群の弁天沼は、青沼やるり沼と同じ、酸性が強くて透明度の高い沼に属します。
なお、五色沼の研究で、青沼(弁天沼も同様)も青池も、1〜5μmの粒子数が1ml辺り100個以下と少なく、
0.2〜0.6μm粒子数が、1〜5μmの粒子数の100倍以上と非常に多い事が判明しています。
この0.2〜0.6μmの粒子が、レイリー散乱粒子(空が青く見える要因)としてふるまうことが予想されています。
五色沼湖沼群では、火山性の粘土準鉱物であるアロフェン微粒子が多く含まれていて、青い色の要因とも言われています。
一方で、青池の研究では、透明度が高く、底が白い岩石で出来ていることから、水の特性で青く見えるとされています。
つまり、要因は散乱ではなく、水の持つ光の吸収特性(赤い光ほど吸収されやすい)が要因ということです。
海に潜った時、水深が深くなるにつれ、赤い光が無くなって、青く見えるようになるのと同じ要因です。
青く見える要因に関しては、いろいろな研究や発表が行われていますが、まだ、決定的な要因は良く分かっていないようです。


五能線

十二湖の散策が終わり、バスに戻って、次の目的地である五能線の大間越駅に向かいました。
ここから五能線に乗って、一駅先の岩舘駅までローカル列車の旅を体験するためです。

五能線は秋田県の東能代駅から、青森県の川辺駅間を結ぶJR東日本の全線単線の鉄道路線です。
営業キロ数は、147.2kmで、その間に43の駅があります。その中の1区間だけの乗車です。

 

大間越駅に着いてから、待つこと15分。お目当ての列車がやってきました。
列車は、キハ48。2両編成のディーゼル車で、青いラインが印象的な列車でした。

 

左の写真は、大間越駅を出て直ぐの所で撮ったのですが、防波堤に数えきれないほどのウミネコがいました。
右の写真は、大間越影の浜の近くで見かけた岩礁で、ゴジラの頭部のような岩が見られました。

 

左の写真は、筧(かけい)海岸付近で、右の写真は、大間越海岸付近です。
この辺りの海岸線は、ずっと岩礁地帯が続いていました。

 

そうこうしている内に、岩舘駅に到着です。
一緒に乗った観光客が降りてしまうと、車内は一気に乗客がいなくなってしまいました。
ここは単線の交換駅となっているようで、対向列車の到着を待っていました。



15分ほどの短いローカル列車の旅が終わり、大舘駅で待っていたバスで、秋田空港に向かいました。
秋田空港から羽田空港まで1時間弱で到着。電車に乗り換えて帰路に付きました。









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